演奏技術

(続き①)多声部の聴音を考える。

プロの演奏を久々に生で聴く機会がありました。
自分の演奏との違いを考えると、やはり「耳」の差が大きいと感じます。

「音を聴き取る耳」の重要性について、改めて書きます。

このテーマについては、ちょうど1年前に似たような記事を書いていました。
自分が1年間でどれだけ成長していないかを痛感しています。

技術はすぐに身に付けられる

楽器の演奏は、余程の超絶技巧曲を除けば極端に難しいことはしていません。
「技術」のみを考えるなら、器用な人が長い期間をかければ大抵の曲は弾けるようになります。
その点は、極限での体力や反射が要求されるスポーツと異なります。

ただし、音が正しく聴こえていないと、演奏は絶対に完璧にはなりません。
サッカーや卓球では視覚によりボールの軌跡を確認出来ます。
ブラインドサッカーやサウンドテーブルテニスでは、目隠しして行う競技のため、目でボールの軌跡を確認出来ません。

演奏における「技術はあるが音が聴こえていない」というのは、「良いフォームでボールを打つが、その飛び方が見えていない」のと同じです。

音を聴く能力は「意識して育てる」

音を聴く能力は、絶対音感と違い大人になってからでも身に付きます。
(と思う)
ただし、「音を聴く意識」を持って弾いていなければいくら楽器練習をしても身に付きません。

私もそこそこ真面目に長期間ギターを弾いてきたのですが、「音を聴く能力」は低いです。
(聞こうとする意識が薄かった)

相対音感も「意識して身に付ける」

音程のズレや響きの良し悪しを聴き分ける相対音感も、意識して身に付けるものです。

私はギターを弾き初めて先生に習ってから、レッスンの冒頭で毎回10分位、耳を使った調弦の練習をしていました。
全く音楽とは無関係の人生を送っていたので、この「耳でのチューニング」が出来るようになるまでに半年かかりました。
真面目に取り組んで「半年」はかなり時間がかかっていると思います。
(素養の無さよ)
私より初心者の方でも、1~2ヶ月で耳での調弦が出来る方は大勢いました。

この訓練が無ければ、私の耳は今よりもっと悪かったと思います。

本題「多声部の聴音で必要と感じたこと」

前置きが長くなりました。
プロの演奏を聴いて「私が出来ていない」と感じたことをまとめます。
裏を返せば、「この点に気を付ければ耳が成長する」かもしれないと思っています。

メロディで無くても聴き取る

音楽において「ある音程の音が2つ以上並ぶ」ことでメロディが出来ます。

プロの方の演奏を聴いていて、和音を1つ鳴らしただけでも、それを構成する音の1つ1つが方向性を持っていました。

メロディになっていない単独の和音でも全ての音を聴き取り、「どんな音にしたいのか」を持って鳴らすべきです。
(出来る人にとっては当たり前と思います)

音の表情・テクスチャまで聴き取る

音を聴く際、「音程」しか聴こえないだけでは不十分に感じます。

プロの奏者は鳴っている音の全ての表情(硬い・柔らかい、明るい・暗い)を聴き取っているように思いました。

これが出来るようになると、声部毎に違った表情を付けることが出来ます。

弱音でも聴き取る

耳と音楽を成長させるために、最も必要なのが「弱音を聴き取る」ことだと思います。

弱音を聴き取れることで、音量に頼らない表情付けが可能になります。
大きな音が鳴っていなくても、弾き手が音に神経を通わせていれば、音には生命力がやどります。

「弱音では音が聴こえない」場合、多声部を弾く場合に全ての音が大きくなります。
そうすると、以下の不具合が発生します。

  • 音量を出すことに演奏のエネルギーを使いすぎる
  • 音量が平均化されてしまい、拍節感が弱くなる
  • 他の声部の音を妨げてしまう

私自身も含め、「もっと弱く・軽く弾きましょう」という場面を見かけます。
しかし、「弱く弾いたら音量不足で意識が出来なくなってしまう」という事情もあるかもしれません。
聴音の能力が如何に重要なのかが分かります。

多声部を聴き取る、まとめ

プロ奏者として通用するプレイヤーの場合、間違いなく良い耳を持っています。
後天的に会得した場合もありますし、元々音を聴く素養があったのかもしれません。

プロ奏者がレッスンで伝えられるのは「この音を聴き取れていない・この音が鳴っていない」という指摘(気付き)までだと思います。
それ以上は、生徒が自分で意識していくしかありません。

耳を成長させるには、本人が意識して音を聴くことが重要です。
そのためには、感情的になるのではなく冷静に注意を向ける必要があります。

最後までご覧頂き、誠に有難うございました。

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