先週末、東京でギター選びをする際に、様々なギターを試奏しました。
その中で特に音量が大きいと感じた以下の楽器5本をまとめてレビューします。
全て表面板が松(スプルース)の作品です。
- マーク・ウシェロヴィッチ
- ワルター・ヴェレット
- アントニオ・マリン(モデルE)
- ユーゴ・キュヴィリエ
- フィリップ・ウッドフィールド
上の3本が伝統的なファンブレーシング、下の2本がラティスブレーシングの構造となります。
正直、どれも音質・音量の水準が高いと感じました。
私は音質に関して神経質な方だと思いますが、不都合は感じませんでした。
マーク・ウシェロヴィッチ
ロシア人ですが、現在はカナダ在住の製作家です。
明瞭で芯を感じる高音とやや膨らみを感じる低音が特徴です。
ファンブレーシングも相まって、今回レビューする楽器達の中ではオーソドックスな音色でした。
ロシア人製作家の楽器を弾く際は「音がドライかどうか」をチェックするのですが、あまり乾きは感じません。
(ゼロとは言えませんが)
水準の低い製作家の楽器を日本の販売店がわざわざ仕入れることは無さそうなので、音質は間違いないでしょう。
個人的には高音の弾力に魅力を感じました。
音量は大きいのですがしっかりとした弾きごたえがあり、違和感無く弾くことが出来ます。
入力(弦のたわみ量)に対する音量が非常に自然です。
弦の感触を感じて余力を残しつつ音量の設計が出来そうです。
伸びよりも音量重視のタイプと思います。
イタリアのガブリエル・ロディのロシアバージョンのイメージです。
タッチの相性もあると思いますが、高音と比較して低音のバランスや量感に少し不満を感じました。
ワルター・ヴェレット
ベルギーの製作家による作品です。
こちらも非常にオーソドックス且つ上品で清楚な音色です。
人によってはやや薄味に感じるかもしれません。
大音量でありながら、美しい音色を達成しています。
振幅により音量を出すタイプの楽器です。
ストレスなく弦を押し込むことが出来ます。
不快な抵抗が皆無です。
今回弾いたものは弦高がやや低かったので、ワルター・ヴェレットとしての良さを引き出すのであれば弦高を上げた方が良いと思います。
高音、低音共に充分な音量があります。
こちらも伸びよりは音量重視ですが、音がしなやかでしなります。
抜けの良さもありそうです。
音量と音色の清楚さを両立したい方であれば、この楽器で間違いないと思います。
アントニオ・マリン(モデルE)
久々に弾きましたが、やはり非常に良い楽器だと思いました。
音量が大きいのに加えて、音が抜群に伸びます。
広いステージで比べるとしたら、伸びによって上の2本よりも音量があるように聴こえるかもしれません。
私が弾くと、伸びを感じるのが楽し過ぎてつい弦を押し込みすぎてしまい、音が鋭くなってしまいました。
爽やかで明瞭な音で死角の無い楽器と思います。
柔らかい音で音楽をコントロールする方には強力な武器になりそうです。
ユーゴ・キュビリエ
これまでに弾いたキュビリエの中で一番良いと感じました。
キュビリエは機能面ではあまり個体差は無いのですが、鳴り方に個体差があります。
細く聴こえたり、デジタルな音に聴こえたり、倍音多めに聴こえたり等です。
何人かキュビリエを使っている方の演奏を聴きましたが、かなり癖が強いと感じていました。
日本に出回っている本数の割には中古で売りに出されていることも多いです。
音色に飽きるのでしょうか。
この個体も個性が強すぎるのではと思ったのですが、音質面でのマイナスをあまり感じませんでした。
フランス的な倍音のあるシルキーな音質です。
(店内の響きが良いので、少しの荒さは補われていた面もあるかもしれません)
キュビリエの中では太めの音に感じました。
しっかり押し込むと音量は際限無く出ます。
音量だけでフォルテッシモが達成出来るギターは稀有と思います。
(通常は音色の変化も伴って大きく聴こえる)
5弦6弦の低音にかけてのバランスも非常に良かったです。
そもそもコントロール出来る音量の幅が広いので、少し弦の間のバランスが変わっても気にならない楽器とは思います。
音色の変化は通常のタッチと異なる感覚が必要で、独特です。
変化はきちんとと付きますので、その点はマイナスにはなりません。
エアコンや屋外の音が聴こえるような環境で弾く際はアリかもと思いました。
中々にぐらっと来た楽器でした。
フィリップ・ウッドフィールド
客席で何回か聴いたことがある楽器ですが、実際に弾いてみると少し印象が異なりました。
キュビリエと同じく、こちらも音質面での個体差があるのかもしれません。
輝かしく太い音で圧倒的な音量があります。
嫌らしさやストレスを感じさせないきらびやかさです。
過去に聴いた印象ではここまで倍音を感じませんでした。
弦なのか、タッチなのか、弾き込みなのか、少し楽器がヘタっていたのかは不明です。
楽に鳴らすことが出来る楽器ですが、強い入力に対するタフさも感じさせます。
ステージやコンクールで使うには信頼感抜群だと思います。
大音量を出す際は野性的に楽器が振動する感覚がごく僅かにあり、それが躍動感・充実感に繋がっています。
同じ日に弾いた松井邦義氏のバルベロモデルと似た揺れ方です。
(構造面でのつながりは全く無いですが)
見た目はかなりモダンですが、音質は旧来のギターへの敬意を感じます。
食わず嫌いの方にも一度弾いてみて欲しいです。
無理やりランキングにしました
音量、音質、弾きやすさの3つの観点から順位を付けてみました。
私の主観が多分に入っていますので、参考程度に読んでください。
音量
- ユーゴ・キュビリエ
- フィリップ・ウッドフィールド
- アントニオ・マリン(モデルE)
(伸びを使える奏者の場合) - マーク・ウシェロヴィッチ
- ワルター・ヴェレット
(弦高を上げればウシェロヴィッチより上か)
音量は順位付けにさほど悩みませんでした。
キュビリエは少し刺激のある音で大きく聴こえますが、広い場所で拡散するかもしれません。
その場合はウッドフィールドの音量が最も大きいと思います。
ヴェレットはこの中で最も優しい音ですし、弦高でかなり音量が変わるギターです。
音質
- マーク・ウシェロヴィッチ
- ワルター・ヴェレット
- フィリップ・ウッドフィールド
- アントニオ・マリン(モデルE)
- ユーゴ・キュビリエ
改めて、上記の音質のランキングはあまりアテにしないで下さい。
個人の好みで結論が大きく変わります。
ウシェロヴィッチは太さや力強さがありつつも従来のギターの音で安心します。
ヴェレットは優しくて気品のある音です。
ウッドフィールドは輝かしくて強靭なので、これを最も気に入る人もいるでしょう。
アントニオ・マリンは、1弦のスペイン的な荒さが気になるため、個人的な意見で順位を下げております。
スペインの楽器で1弦の荒さを克服しているのは、やはりアルカンヘル以上の楽器(アグアドやサントス、エステソ等)です。
キュビリエは、今回の個体は音色をネガティブに感じませんでした。(試奏の範囲)
もうちょっと上位にしたいのですが、競合達が非常に優れていました。
弾きやすさ
- マーク・ウシェロヴィッチ
- フィリップ・ウッドフィールド
- ワルター・ヴェレット
- ユーゴ・キュビリエ
- アントニオ・マリン(モデルE)
ウシェロヴィッチは自然な音色により違和感のないタッチで弾くことが出来ます。
ウッドフィールドは爆音でありながらも操作性に極めて優れています。
ヴェレットは、弦の弾力が柔らかく、大きめに押し込む楽器です。
キュビリエは慣れると弾きやすいのですが、癖があるので客観的に判断するとこの位置です。
マリンは伸びがある分ちょっとじゃじゃ馬なところがあります。
マリンは一般的にはかなり弾きやすい部類だと思いますが、最新の楽器達がより操作性を重視している印象です。
最新の楽器は少しずつ改良を重ねているようですので、最新事情をよく知らずに意見を言うのは軽率だなと思いました。
「ラティスは私には難しい」と思っていましたが、音色・弾きやすさの両面で過去のイメージを上回っています。
実際に乗り換えるかは分かりませんが、「相性が合う人なら弾ける」から「私も弾けるかも?」と思い始めました。
(タッチを見直したのもあります)
雑音や喧騒に溢れる環境に備えて、音量の大きい楽器を持っておくのも良いかもしれません。
(自分が貧乏であることを忘れて書いてこの文章を書いています)
最後までご覧頂き、誠に有難うございました。