近年では、最新構造を備えたクラシックギターが登場しています。
- レイズドフィンガーボード
- ブリッジのダブルホール、トリプルホール
- サウンドポート(横板の穴)
- ダブルトップ
- ラティスブレーシング
これらの構造に関して、特徴をまとめていきます。
レイズドフィンガーボード
レイズドフィンガーボードは、表面板から指板が浮いています。
12フレット以降の演奏性向上を目的としてこの構造が採用されています。
音のエッジが立ち、強さが出ます。
音像は太くなりますが柔らかさは減り、サステインは短めになります。
ギターの弦高を上げたときの変化に少し近いかもしれません。
個人的には、6弦や5弦の低音の重心が軽く感じます。
シュタウファーが採用した構造
この構造は、1800年頃から存在します。
特に新しい構造という訳ではありません。
鶴田様のHP・CRANE/19世紀ギター/シュタウファーより引用
このヨハン・ゲオルグ・シュタウファーの19世紀ギターは、レイズドフィンガーボードの特徴が色濃く反映されています。
太い音がポンポン飛び出す印象です。
「古典」というよりは「ロマン派」に近い音がすると私は感じています。
指板と表面板が接していないことも特徴です。
面白い試みと思うのですが、これによる変化はそれ程大きく感じません。
サウンドホールの上の部分は、ボディ全体が鳴る19世紀ギターといえどもあまり鳴らない部分です。
レイズドフィンガーボードにしたことによる影響の方が大きく聴こえます。
福田進一氏のコメント
桜井正毅氏のレイズドフィンガーボードのギターに対して、福田進一氏がコメントしております。
一部を抜粋します。
- 12フレットの前後で音色が変わらないようにしたかった。
アランフェス協奏曲でハイポジションを多用するため、その際の演奏性と音色が気になっていた。 - 640mmのスケールにすることでテンションが下がるが、RFにすることでテンションのバランスを取っている。
12フレット前後の音色へのこだわりは、難易度の高い曲を演奏するプロの拘りを感じました。
テンションのバランスに関しても、流石としか言いようがない見識です。
(ダブルホールを採用しているので、更に短い弦長でも良いかもしれません)
桜井ギターのマエストロモデルにレイズドフィンガーボードは合っているように思います。
ダブルホール、トリプルホール
ブリッジに弦を通す穴が2つ空いているのがダブルホール、3つ空いているのがトリプルホールです。
(上の画像はダブルホール)
トリプルホールは、ダブルホールと違い、巻いた弦が表から見えません。
最近のロマニリョス(リアム・ロマニリョス)はトリプルホールです。
通常の穴が1つのブリッジに弦を巻きつけてセットすると、巻きつけたことにより弦が上に引っ張られます。
ブリッジの穴に弦がストレートに入りません。
ダブルホールを採用することで、弦が穴にストレートに入るようになります。
ダブルホール、トリプルホールを採用することで、音は強靭になります。
柔らかさは失われます。
張りが強い楽器を鳴らしきる人にとっては、強力な武器になるかもしれません。
ダブルホールも、特に新しい技術ではないと考えています。
ブリッジの弦の角度を確保したいなら、ピンブリッジがあるからです。
スチール弦のアコースティックギターには、ピンブリッジが採用されています。
製作家のマーチンのルーツが、19世紀ギターのシュタウファーにあるためです。
ブリッジからサドルに弦がストレートに乗るのは、19世紀ギターの時代では普通です。
川田一高氏のお話
個人的に川田一高氏の楽器を使っていた時期がありました。
その頃はスーパーチップを試していたのですが、結ぶのが面倒でした。
そのため「ダブルホールに出来ないか」と川田氏に相談したのですが、「音色が変わるため、ダブルホールにするのは推奨できない」という回答でした。
このやり取り以降、改めて音の変化を確認し、私はダブルホール反対派になりました。
音色の変化を想定した音作りが必要
ダブルホール、トリプルホールを採用する場合、それに合わせたボディ側での設計・音作りが必要です。
過去の私の経験では、小林一三氏の楽器はダブルホールにすることによる音の変化を見越した作りになっていると感じました。
弦の種類を変えるよりも遥かに音が変わるので、「どちらで良い」はまずいです。
サウンドポート(横板の穴)
サウンドポートは横板に穴が空いており、演奏者にも音が聴こえやすいというメリットがあるようです。
弾いている本人が楽しむためには、良い構造かもしれません。
スチール弦のアコースティックギターでも採用しているケースがあります。
こちらも近年新しく開発された構造という訳ではなく、1900年代のパーラーギターで見かけたことがあります。
個人的には懐疑的
サウンドポートを推奨している記事(雑誌やブログ、商品紹介)を読んだのですが、わざわざこの構造を選ぼうとは思いません。
それらの記事では「サウンドホールから音が出る」という書き方をしているものがあります。
メインで音が出ているのは、サウンドホールではなくあくまで表面板です。
サウンドホールからは、裏板に跳ね返ったり、回折した音が出ています。
ウルフトーンの位置が変化する
サウンドポートを開けることで開孔部の面積が変化します。
ヘルムホルツの共鳴器という原理により、ギターのウルフトーンの位置が変わります。
(オカリナを指で押さえて音程が変化するのと同じ)
サウンドポートを後から空けようとしている場合、共鳴周波数(ウルフトーン)まで考慮して行うべきです。
下記サイトは詳細に説明が書かれております。
サウンドホールについての考察 – VoyagerGuitarsのアコースティックギター製作考
弾いた音が奏者に聴こえやすくなるのは間違いないと思いますが、手を出すのはもう少し深く研究が進んでからが良いと思っています。
ラティスブレーシング
ラティスブレーシングは、格子(ラティス)のブレーシングを採用して強度を確保し、より表面板を薄くした構造になっています。
音量は大きくなりますが、音が鋭くなり、人によっては耳に刺さります。
これは楽器が悪いのではなく、弾き手との相性の問題です。
相性が合う人が弾く場合、耳に刺さる成分が減り、音量が大きいメリットのみが残ります。
伝統的な楽器に比べると相対的に味わいには欠けますが、ひとまとめに悪いとは思っていません。
奏者によって印象が大きく変わります。
ダブルトップ
ダブルトップは、表面板を2枚を極薄にし、その間にノメックスと呼ばれるハニカム状のシートを挟んでいます。
ダンボールをイメージしてもらえれば分かりやすいかもしれません。
トーレス系の伝統的な楽器と比べると音が太く、低い音の成分が多い印象です。
右手のタッチは、弦の振幅を大きめに確保する(深く押し込む)人に合うように感じます。
音の色彩感は無いのですが、これまでのギターとは異なる音色の幅を持っています。
(録音等で同じ音量で聴いてしまうと、伝統的な楽器の方が立体的な音です。)
ラティスと同じく奏者との相性が重要で、ダブルトップの独特の音色の変化を使った素晴らしい演奏を何度か聴いたことがあります。
構造的な工夫は過去に行われている
最新構造として技術を紹介しましたが、ダブルトップとラティス以外の構造は19世紀から存在していました。
ですので、「最新」とか「画期的」といった説明は誤りです。
こういった技術が特に新しいものでないことは、楽器の製作家は全員知っていると思います。
ただ、消費者(購入する側)は知らないので、マーケティングで「最新!革新的構造!」という売り文句になっています。
「新しいもの=進化したもの」という認識があるかもしれませんが、そもそも新しいものではないということです。
昔の人の工夫は凄い
今回紹介した構造は、1800年頃から既に採用されていたものが多いです。
当時は今と比べてモノ(パソコンや洗濯機や電子レンジ)が無かった時代です。
自分で作ること(現代のDIY)が当たり前ですので、その過程で工夫することも多かったのではないでしょうか。
- レイズドフィンガーボード
バイオリンやチェロのように指板を浮かせてみよう - ピンブリッジ
弦と表面板が繋がっていた方が振動が伝わるのでは
現代人は、パッケージとして完成したものを購入して使います。
そのため、「構造の理解」や「工夫して改善すること」を考える能力が低下しています。
車やオーディオをイジると、「マニア・変わり者」と見なされる時代になりました。
トーレスが選ばなかった手法である
今回紹介した構造は、現代のギターのスタイルを確立したアントニオ・デ・トーレス(1817~1892)が選ばなかった手法です。
トーレスが活躍した時代を考慮すると、様々な構造の19世紀ギターを研究してこれらの構造を見ていた筈です。
音色の美しさ、音楽の芸術性の観点からすると、特別な構造のないオーソドックな楽器は完成された姿なのかもしれません。
ただし、ギターはサロンで演奏される楽器だったため、トーレスの時代では今より音量が求められなかったのは事実です。
組み合わせに可能性がある
今回紹介した構造は、単独ではメリットばかりではない印象です。
しかし、組み合わせることで新しいギターの可能性があると思っています。
ラティスやダブルトップといった過去に採用されていない表面板構造に対し、レイズドフィンガーボードやダブルホールは相性が良いです。
これまでの経験では、東京国際ギターコンクールで聴いたパク・ジヒョンのスプルースのマティアス・ダマンの音が印象に残っています。
これまでの楽器と全く同じ音色でないにしても、ギター的な音色の範囲で爆音を達成していました。
(ギターとしてはうるさいと感じるかもしれませんが、他の音量の大きい楽器の方が私は耳に痛いです)
日本でも海外でも、マティアス・ダマンの中古は2000年以前のものが多く、2010年代の楽器をお目にかかる機会はあまりありません。
オーダーした場合のウェイティングリストも膨大で、為替を考慮した価格(700万円以上?)も到底買えるものではなさそうです。
これまでのギターとの構造の違いは勿論ですが、振動解析による内部構造の更なる合理化も重要と思います。
更に研究が進んで、マティアス・ダマン並の楽器が200万円位で購入出来るようになるのを待っています。
最後までご覧頂き、誠に有難うございました。