F.ソルの「Op.31-10カンタービレ」は、コンクールの課題曲として使用されることも多い名曲です。
優雅な曲調でF.ソルの楽曲らしい深い音楽性を備えています。
私はコンクールの課題曲として過去に2度この曲を準備しました。
「2度あることは~」とよく言いますので、3度目に備えて「Op.31-10カンタービレ」の弾き方をまとめます。
完璧な演奏、名演奏と呼べる演奏をするのはかなり難しいと思います。
私も自分の演奏に全く満足していません。
Op.31-10カンタービレのテンポ設定
F.ソルの「Op.31-10カンタービレ」は、のんびりした優雅な曲に感じるかもしれません。
「カンタービレ=歌うように」という言葉の印象からでしょうか。
実際のところテンポはあまり遅くないと考えています。
コンクールの課題曲としてミスしないよう慎重になってしまうと「遅すぎ」になるかもしれません。
テンポが遅すぎた場合、付点のリズムの部分で「次の音を待っている」ような印象になります。
また、装飾音符が与える印象も弾き方・テンポで変化します。
ぬるっと遅い装飾ではなく、軽やかな印象の装飾であるため、装飾音符もテンポが遅すぎないほうが表現しやすいと感じます。
Op.31-10カンタービレの構成
カンタービレの構成は「A A’ B A”」となっています。
ニ長調のAと、Aの変奏であるA’、A”があり、間にニ長調の属調であるイ長調のBが挟まっています。
変奏したAのA’、A”は、Aと似たものでありながら、違った表情を帯びます。
属調に転調したBは落ち着いたAに対して活力・推進力があります。
私は2%くらいテンポを早め、明るい音色を意識して弾きました。
このBを経由したことで、A”が違った印象に聴こえるように弾かねばなりません。
Aに戻ってきた安堵感があります。
この「ABA」がきちんと表現できていないと、単に「優しい・綺麗」なだけで変化がない曲・演奏と思われてしまいます。
再び、テンポの話に戻ります。
重厚で遅めのテンポも「無しではないかな?」と思いましたが、テンポが遅すぎるとBの活力・推進力が表現しにくいと感じます。
遅すぎると「ABA」の対比が付けにくいです。(私は)
重音のグリッサンド
この「カンタービレ」で最も問題になるのが、スラー・グリッサンドの弾き方です。
ソル本人はスラーの部分をグリッサンドで表記していますが、これを「どこまで守るべきか」という点で悩みます。
グリッサンドの特徴は、
- 2つの音の前後で物理的な強弱の差がつく
- グリッサンドで弾いた2つの音がグルーピングされ、その他の音とは分断されやすい
の2つです。(メリットでもあり、デメリットでもある)
単発で登場する、倚音でアポジャトゥーラ(解決する)の部分は、楽譜通りのグリッサンドで良いと思います。
この曲では「レガートさが必要な、大袈裟にアーティキュレートしない方が良い部分」に関してもグリッサンドが書かれています。(後で詳しく触れます)
音のグループができてしまうグリッサンドがレガートに弾く部分に付いているのは、ソルのテクニックが大変高度であったことの証明かもしれません。
「現代のギターでどこまでやるのか」と言われがちですが、19世紀に使用していたはずのガット弦の方がざらざらでキュッキュッという音がしやすく、難易度が高いと思います。
話を元に戻します。
カンタービレのグリッサンドを全て再現して音楽的に弾くのは、プロでも一発勝負ではやりたがらないのではないかと思います。
意図した表現ができないと感じるのであれば、外しましょう。(コンクール等では要確認ですが)
休符の処理
F.ソルの楽譜は声部の書き分けや休符の記載が厳密になされています。
繰り返しで音価や休符が異なっており、間違いなく意味があるものです。
ソル本人が生きた時代とは楽器や演奏環境も違いますが、楽譜の音価・休符を守った方が良いでしょう。(コンクールでは特に)
ステージ演奏で地味になってしまうなら、消音しない選択もあります。
Op.31-10カンタービレの詳細な弾き方
A’、A”部分(ニ長調・主調)
1~16小節について、気になった箇所に触れます。
全部コメントすると膨大になるため、私が演奏において注意したポイントを書きます。
1小節「歌うように、声部の弾き分けを」
入り(テーマ)は強くはないですが、提示として弱すぎるのも良くないです。
同音の連打であるため、私は小さくクレッシェンドをかけて弾きました。
(3拍子で1拍目が強い、とは違った表現です)
曲全体を通じて、全ての声部を独立して弾きましょう。
F.ソルの楽曲は特にポリフォニーに厳格です。
動きのないバスのDなど、「同音の連打であっても、意味があるように聴こえる」のが理想です。
2、4小節「装飾は軽やか」
テンポのパートで触れましたが、装飾は「軽やか」な印象があります。
遅い装飾でなく、かといって鋭くなり過ぎない方が望ましいです。
「意識して強く弾く」ではなく、装飾が付いていることで自然に強調される程度を狙います。
付点のリズムの部分も軽やかに弾きます。
私はレッスンでは、
- リズムの悪さ(楽譜どおりの音の長さになっていない)
- 付点の後ろの短い音(寄りかかる音)が強すぎて重く聴こえる
を改善するよう指摘されています。
3小節「拡大する」
バスはDのままですが、上は属和音Ⅴなので拡大した印象を与えるように弾きます。
1小節と比較し、3小節は「上のレイヤーに移行したように弾く」ということです。
6、7小節「倚音を強調」
6、7小節の1拍目は、倚音(非和声音)です。
次に繋がる音が解決する音(和声音)になっています。
倚音はしっかりと強調して弾きましょう。
(音楽の流れを無視したフォルテッシモはNG)
ビブラートをかけるとより強く印象付けることができます。
私の場合、7小節2拍目のカンパネラの音量バランスが悪くなりがちでした。
緊張で余裕がなくなるとこういった弱点が露呈します。
9小節「主題に戻ってきたが、違いがある」
A’の部分になり、内声がA(1小節)と異なっています。(変奏している)
Aの冒頭に戻ってきたという感覚がありつつも、より動きのある表情で弾きます。
10小節
軽やかに弾くという点は2、4小節と同じです。
ポジション移動で余計なアクセントが付かないように、と叱責されました。
14~16小節
倚音を強調する点は、Aの部分と同じです。
16小節で完全終止します。
B部分(イ長調・属調)
17小節「明るく・推進力がある」
17小節から24小節まで、ニ長調の属調であるイ長調に転調します。
平穏なニ長調から、明るいイ長調に移ります。
別の世界に移ったことが分かるように弾きましょう。
18小節「エレガントなハーモニクス」
イ長調の属和音Ⅴのアポジャトゥーラから、オクターブのハーモニクスで跳躍する部分です。
和音はしっかり強く、です。
ここは、楽譜のリズム通り消音します。(何度も注意されました)
また、ハーモニクス部分はおまけのようなものです。
強すぎてはいけません。
車で急ブレーキがかかったとき(前の和音)に、コップのジュースがふわりと舞った(ハーモニクス)ようなイメージかもしれません。
(この例え、後から思いつきましたが、録音の時点で使いたかったです)
19小節「緊張感のある旋回」
属和音でメロディが旋回するような動きをします。
スラーで毎回収まりますが、⑥弦のEと③弦のDはぶつかりっぱなしで緊張感があります。
この音を雑に弾くと「音の濁り」が強調されず、無意味に流れてしまいます。
この部分、斜めセーハを使うと拍ごとの移動が発生しません。(裏技)
21小節「3度、6度の重音をなめらかに」
3度、6度のスケールになっている部分は、極めてレガートに弾きたいです。
私は自分では弾けているつもりでしたが、録音を聴いたところ切れていました。(同じ経験をした人は多いはず)
この小節について、レッスンでは「もちもちとした表情で」と説明がありました。
物理的にレガートにすることも重要ですが、どこまでいったら正解か分からず疲弊します。
イメージを再現できる演奏を目指す方が健全と感じました。
22小節「倚音の強調・解決はあるが、極端に切れない」
倚音は強調・解決するように弾きますが、極端にアーティキュレートしない方が良い演奏になりそうです。
音の切れ方を言葉にすると、
- ティーラ|ティーラ|ティーラ
- ティーラッ|ティーラッ|ティーラッ
- ティーラン|ティーラン|ティーラン
の3つがあり、上はレガート、下は音が切れるイメージです。(縦棒は拍の切れ目)
22小節目のフレーズに関しては、レガートを目指して、強弱だけでアーティキュレートされるのが綺麗と感じます。
(1つめ、ティーラ|ティーラを狙う)
23小節「急がない、クレッシェンド、テヌート」
B、イ長調部分のクライマックスです。
指がきついのですが、むしろ音はしっかりと伸ばします。(テヌート)
「指の都合で我慢できずに先に行ってしまった」はNGです。
また、全ての音を聴いて繋げたいところです。
完全に意識が通わなくとも「音が鳴っていない」のは避けましょう。
音楽的に完璧な表現をするのは、かなり難しい部分です。
A”部分(ニ長調・主調)
25小節「帰ってきた、ホッとする」
Aと同じ構成のA”に帰ってきます。
「主題に帰ってきた、ホッとする」感じを出したいです。
弱く、それでいて明瞭に弾くのですが、この何ともない安心感を表現するのが案外難しいかもしれません。
侘び寂びの世界です。
26小節「滑らか、優雅に」
こちらも、10小節と同じくポジション移動でアクセントが付かないようにします。
「経過音は強調しすぎず」で良いですが、次の小節への推進力には繋がります。
28小節「レガート」
3度の連続は、とにかくレガートです。
音型は違いますが、21小節に同じ。
1拍目は解決する音ですが、ここで遅くならない方が推進力を持ち越せます。
29小節「雄大に」
クライマックスに向けて、低音がのたうち回るように盛り上げます。
(言い方が大袈裟ですが)
低音のアポジャトゥーラ(非和声音の解決)は意識しましょう。
追い込むようにテンポを上げていくと、最後をまとめやすいです。
低音に気を取られると、上の3度のバランスが悪くなっていることもあります。
30小節「再びレガート」
グリッサンドとスラーが付いていますが、ここも2個2個で分断されない方が良さそうです。
隙間の少ない「ティーラ|ティーラを狙う」という話です。
またカンパネラが登場するため、音量バランスにも注意。
3拍目の低音のソ、案外おろそかになりやすいです。
31小節「装飾音符を使ってリタルダンド」
最後の最後、難関の装飾音符が登場します。
機械的に弾くのではなく、ゆらぎのある装飾音符の方が装飾らしくなります。
この装飾音符を使って自然に減速するのが良いでしょう。
装飾のリズムが付いたとしても拍・テンポが変わらないように注意です。
また、「4音の和音で鳴っていない音がある」等にも気をつけたいところです。
やったつもりでも、なかなか変化が分かりにくい曲
ここで書いたことを意識して弾いたつもりなのですが、私は聴いて分かるほどの変化を付けられませんでした。
ちまたにある演奏を分類すると、
- 変化がない・付けたつもりでも聴いている人には伝わらない
- 曲に合わせた変化が付いている
- 曲調に合っていない、大袈裟で変化を付けることが目的になっている
の段階があり、2つ目の音楽的な変化・緩急を目指したいところです。
コンクール的には、「何もしていない・伝わらない」よりは「やり過ぎでも何かしている」方がプラスに働きますが、音楽は競争のためにあるものではないなと実感します。
楽曲のレッスンにおいて、コンクール的な大袈裟な表現を指導する先生が悪いかというと、必ずしもそうとは言えません。
曲にベストマッチではないにしても、先生のイメージ(本人の演奏)は充分に音楽的であったりします。
難しい話題です。
話がそれました。
記事の途中にも記載した、コンクールのテープ審査に対するコメントを再度引用します。
この曲は、倚音の処理や各声部を聴くことは多くの奏者が注意している点かと思います。
派手な曲ではないのですが、「音楽的な変化・緩急をしっかり付けることができるか」が重要なポイントになってきます。
今回の記事は以上となります。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。