最近良く目を瞑ってクラシックギターを弾いています。
意味のある練習方法の1つと思いますので、私の考えを書きます。
そもそも視覚情報自体が煩わしい
私はギターを始めたときからかなり長い間、左手を見て演奏していました。
恐らく多くの方が、指板を「見にくいな」と思いつつも覗き込んで弾いているのではと思います。
経験年数を積むにつれ、次第にその「見にくさ」にも慣れてしまいます。
今になって、初心者の頃の「指板が見にくい」という感覚は正しい視点なのではないかと考えています。
上達して、身体の感覚でギターに対する指の位置が分かるようになったとき指板を斜めから覗き込んで得られる視覚情報は「明瞭さに欠ける頼りないもの」であると感じています。
目からすると、指板は30cmほどの距離があって遠い場所です。
指先に目があったとすると、演奏中は弦や指板から2cm程度しか離れません。
指から見た視点としての感覚(触覚)を使えば、「こんなに近いんだから、間違えないだろう」と不安が消えます。
スポーツ用語「ハンドアイコーディネーション」
私はテニスを習っていたことがあります。
その中で「ハンドアイコーディネーション」という用語があります。
「視野の中でボールとラケットの位置関係(距離)を正確に把握し、適切に身体を動かす能力」という意味合いです。
「アイ(視野)」という言葉が入っている通り、視覚情報で運動を捉えた言葉です。
「ハンドアイコーディネーション」の能力が低ければ、飛んできたボールに対してラケットを振った際に「ボールとラケットが遠すぎる・近すぎる」「ボールに対してスイングが速すぎる・遅すぎる」という結果になります。
話をギターに戻します。
楽器演奏においては、脳内でイメージする手や指と楽器の位置関係を一致させることが重要です。
スポーツとの大きな違いは、取り扱う対象が「動くか、止まっているか」であり、これによって視覚情報の重要性が変わります。
楽器演奏も、テクニックに絞って考えればやっていることはスポーツと変わりません。
スポーツで重要とされている空間把握能力(位置関係の理解)は、演奏においても大事です。。
運動が得意な人の方が、楽器の上達も速いです。
視覚情報以外の感覚を大事にするようになる
五感の1つである視覚をあえて遮断することで音や身体の感覚に注意を向けることが出来ます。
(ありきたりな話ですみません)
自分で弾いていても、人の演奏を聴いていても、技術面を参考にしたい等の理由が無ければ音楽に視覚情報はいらないのではと思ってしまいます。
(エンターテイメントとして見栄えが大事なのは分かりますが)
目を瞑ればステージ上でも景色が変わらない
これも極論ではございますが、目を閉じてしまえば、家でもステージでも景色が変わりません。
練習でも本番でも同じ感覚で弾けるようになるかもしれません。
私はこれまで、家では指板を見ずに弾いているのに本番になると怖くて指板を見てしまうという状態でした。
練習と本番で違うことをやっていては上手くいきません。
本番の距離の遠いポジション移動のときだけ視覚情報を使うようにするつもりです。
「今弾けなくていい」遠回りすることが、近道になる
「目を瞑って弾けない人」が、目を瞑って弾くと、ミスが増えて普段と同じテンポで弾けないと思います。
曲がなかなか仕上がらず、練習の効率が悪くなったように思えますが、そうではありません。
「できないことをできるようにする」のが最も効率の良い練習です。
「視覚情報なしで弾く」技術は、目を瞑って意図的に鍛えられます。
「見ずに弾ける」ようになると、指先の感覚は成長しやすくなり譜読みも速くなります。
遠回りした方が上達する例です。
目先の曲を完成させるスピードに囚われないで下さい。
中級者以上の方、コンクール等に出るようなレベルの方であれば、本番の演奏で弾く予定があるレパートリーは目を閉じたままでも変わらない完成度で弾けなければいけないと考えています。
注意点:力を入れて目を瞑ってはいけない
目を閉じる際に、眉間にギュッと力を入れてはいけません。
逆に言いますと、そこに力が入っているかどうかが分かるくらいに
アンテナを働かせて弾いていることが重要になります。
今回の記事は以上となります。
「目を瞑ること」よりも「目を瞑って弾くための能力」が大事です。
最後までご覧頂き、誠に有難うございました。