現代のクラシックギターのスタイルを確立したと言われる製作家がアントニオ・デ・トーレスです。
この記事では、彼のギターやそのレプリカモデルについての個人的な意見をまとめます。
私自身、トーレスモデルを弾きこなせるタイプのタッチを持った演奏家では無いです。
自分では弾きこなせませんが、音を聴いて判断することは出来ます。
トーレスモデルの楽器に関して理解が広がれば、演奏家とギターの適正なマッチングが増えると思いこの記事を書きます。
(タッチの相性の合う奏者が弾くトーレスモデルの音がとても好きです)
私の記事は主観による内容ですので、歴史や楽器の構造等の事実が知りたい場合はギターショップアウラ様の記事が参考になるかと思います。
エッセイ:トーレスの音色の秘密① 手塚健旨 | アウラギターサロン
トーレスに対する日本人の幻想?
「日本人はトーレスに幻想を抱き過ぎなんだよね」
どなたに言われたかは失念してしまったのですが、楽器店でざっくばらんな会話をしていた際に店員・店長さんに言われた言葉です。
(この記事を書きながら、あの方だったかなぁと思いだしてきました)
全面的に同意ではないですが、「トーレスに幻想を抱いている」という表現はかなり的を射た言葉だと思っています。
2つの意味が隠れているように感じます。
- アントニオ・デ・トーレスのオリジナルを弾いたことがない(回数が少ない)にも関わらず、神格化している
- コピーモデル・レプリカにトーレスオリジナルのサウンドを期待し過ぎている
オリジナルのトーレスは鳴らない?
現代人が弾いて一般的に「鳴る」と言える程の音量があるトーレスは(ほぼ)存在しないのではないかと思っています。
サントス・エルナンデスやドミンゴ・エステソ等の1900年代前半の楽器は、現代人の感覚でも「鳴る」と感じる個体があります。
(年代が約50年違うので、トーレスには分が悪いかもしれませんが)
「鳴る」トーレスは、どこかに存在するかもしれませんが、日本人が国内で生きている内にお目にかかるのは無理だろうと私は決めつけています。
(バブル崩壊後はずっと不景気ですし・・・)
上の動画でA.ヨーク氏が弾いているものは音量があるように聴こえますが、録音ですので実際にどれ程かはわかりません。
良い個体であるのは間違いないでしょう。
こういったGSIで超高額で取り扱われるレベルのもので「鳴り」は最大かなと思います。
霊験はトーレス本人の個性によるもの
オリジナルのトーレスモデルは独特の「霊験」を持っています。
霊験と表現するとちょっと大袈裟ですが、深み・温かみ・まろやかさのことを指します。
この個性はかなりの部分でトーレス本人の特徴によるものではないかと思っています。
つまり、いくらオリジナルを真似てコピーモデルを作ったとしても、トーレス本人の特徴を再現するのは極めて難しいということです。
型としてのトーレスモデルの魅力
前半でトーレスに対して少しネガティブなことを書きましたが、型としてのトーレスモデルには私は大きな魅力を感じています。
トーレスモデルの特徴は以下の通りです。
- ボディ全体の鳴りによる、弾むような生命力に溢れた鳴り方
- ボディが軽量である
- ウルフがF♯以下(であることが多い)
- 木の良さを生かした高音
- 音質としては軽いが、野性的で太い高音
ウルフトーンが低いことにより、6弦ローポジションの音程の音質が変わります。
私はこれを不均一に感じてあまり好きではなかったのですが、ステージでトーレス系ギターが使われているのを聴くと違和感は感じません。
「手元でボワン」かなと思いきや、しっかり通る音です。
相性の良い奏者が弾くと最高
下記の動画では、キム・ヨンテ先生が栗山大輔氏のトーレスモデルを弾いています。
このように相性の良い奏者が弾くと、トーレスモデルはスプルース特有の伸びのある生命力に溢れた音を出します。
(テンポの速いF.ソルよりも、2曲目のタンゴ・アン・スカイ、3曲目のアルハンブラの想い出の方音の特徴が伝わるかと)
音量は最新構造のギターに劣るでしょうが、人間の耳には伸びている音は非常に大きく聴こえます。
栗山大輔氏のトーレスモデルは、海外の製作家達も含めて最もトーレスモデルの構造の音の特徴・良さを引き出した楽器かもしれません。
私は残念ながらタッチの相性が合わないのですが、もし朝目覚めてトーレスモデルが弾けるタッチに変わっていたら、栗山大輔氏の楽器を注文します。
IGPレオナの印象
俗に「IPGレオナ」と呼ばれるギターの作品群があります。
以下、エルコンドルのホームページより転載します。
I.G.P-LEONAについて:名器トーレスを研究する為、1983年中出阪蔵門下の一流製作家5名(中出輝明、今井博水、野辺邦晴、中出治、もう一人は?)で研究チームを作り、当時本物のトーレスを分解し精密に設計図を作り、それぞれがその成果を競い合った。ラベルのC,Dなどが製作家を表す。Cは中出輝明ときいている。
日本人の製作家が集い、1856年のトーレス(レオナ)を研究し、それぞれがコピーモデルを製作したということです。
長谷川郁夫氏のブログによると、Dが野辺邦治氏のようです。
ローズウッドとメープルの音色聴き比べ 野辺邦治作レオナモデル ノクターン(ヘンツェ): ギター・音楽・いろいろ
私はこのIGPレオナには特に強い印象を感じていませんでした。
しかし、アマチュアの発表会でIGPレオナの音を聴く機会があり、グラナダ系の楽器よりも音が大きく、木質的な品位のある音で鳴っていたのを覚えています。
正しく作られたトーレスモデルであれば、相性の良い奏者にとっては強力な武器になります。
(製作家のネームバリューに関わらず)
「私が弾くと、この楽器は大きい音がするかも?」と感じたら、是非トーレスモデルを使って欲しいです。
(タッチの悪い私が弾くと、なまくらになります)
トーレスモデル本来の鳴りを弾き出すのであれば、しっかりし過ぎた重い楽器は避けるべきと思います。
トーレスモデルのギターまとめ
トーレスオリジナルの音に対するリスペクトは重要ですが、その再現は非常に困難です。
トーレスモデルの構造の良さは踏襲しつつ、製作家それぞれの良さを上乗せしてくれればそれで良いと思っています。
生まれた時代も育った環境も、トーレス本人が生きたとは違います。
小振りで日本人が構えやすい楽器と思いますので、相性が合うかをチェックした上でトーレスモデルを使う方が増えれば良いなと思っています。
最後までご覧頂き、誠に有難うございました。