所感

クラシックギター業界の現状と未来を考える。

私はクラシックギターを愛しておりますが、
同時にこの業界の未来・将来を憂いています。

この記事では、クラシックギター業界が置かれている状況を考えます。
私は普段は前向きな人間ですが、
クラシックギター業界を盛り上げる答えがはっきりと見つからないため、
ネガティブな記事になってしまうことを了承下さい。

私が情報を整理することによって、誰かが活路を見出すことのきっかけになれば幸いです。

セゴビアから始まったギターの熱も落ち着いていく

ギターという楽器の長い歴史の中で、その存在感を強く表してきた時代があります。

古典からロマン派の時代には
F.ソル、D.アグアド、F.カルリ、W.T.マティエカ、N.コスト、等の作曲家が活躍し、
その後はJ.アルカス、F.タレガ、M.リョベート、A.セゴビアへと
ギターの伝統が受け継がれていきます。
セゴビアのために、多くの作曲家が曲を書きました。

セゴビアの後、D.ラッセルやM.バルエコ、
現代ではM.ディラ等の演奏家が活躍していますが、
クラシックギターという分野・業界への影響力を考えると、
この「今」ですらもセゴビアが生んだ流れの一部に過ぎないのでは、と思います。
後続の演奏家が業界構造を変えるほどの変化をもたらしていないということです。
(もちろん皆、素晴らしい演奏家です)

セゴビアによるギターブームで楽器を始めた世代の高齢化により
クラシックギター業界の熱量はどうしても落ち着いていくと思います。
更に業界を盛り上げるための新しいエネルギーをどうやって作っていくか、が
誰も答えを見つけられていない大きな問題です。

「美男美女が」「高い技術で」「流行の曲を」弾いても

そういった状況を考えてか、現代のプロ奏者達がギター業界を盛り上げるために
YouTube等のメディアを活用していますが、
日本のクラシックギターに関するYouTubeのチャンネル登録者数や再生数は
内容やクオリティに対して少ないように思います。

それに対する安易な意見として
「見栄えの良いスターがいないから」
「クラシックギターのレパートリーに拘っているから」
と思われがちなのですが、
見た目が充分に良い奏者達が、高い技術で、流行の曲を弾いても
期待している程の反響が得られていないように感じます。

「YouTubeで流行らない=衰退する」ではないのですが、
今後の行く末を暗示しているようで心配です。

「良いものが売れる」は嘘

ネットの普及により情報へのアクセスが容易に出来るようになり、
誰でも良いものを購入出来る時代になった
というのは半分は嘘と思います。

良いものと思い込ませた商品が売れる」時代です。
自分で時間をかけて情報を調べたら、正しい選択をしたと思い込むことが出来ます。

現代の社会において流行を発生させるには
ネットを使うことは不可欠なのですが、
クラシックギターの魅力は動画や録音では伝えにくく、
ギターを選択(聴く、弾く)したことによる
「満足感」「安心感」を与えにくいと思います。

「聴く」よりも「弾く」楽器になってしまう

録音で魅力が伝えにくい

クラシックギターの生演奏の魅力は他の楽器に比べて全く見劣りしません。
生演奏では演奏者ごとの音の差も非常に大きく、
楽器の音の広がり方、鳴り方がそれぞれ全く違います。
(悪い部分もはっきりでますが)

しかし、録音され、一般家庭の機材で再生されると
どの演奏家の音も同じように聴こえ、魅力が半減してしまいます。
(ブリームやセゴビア、イエペスの音は奏者が分かります)

テレビ番組やCMで流れているクラシックギターの演奏を聴いて、
「もっと聴きたい」「自分も弾いてみたい」と思う人は少ないのではないでしょうか。

ピアノやヴァイオリンの音は充分ブライトで音量があり、
録音でもその魅力を伝えてくれます。

刺激的な音がありふれた社会において、清楚なギターの音はどうしても霞んでしまいます。

指で弦を弾き音を出す感覚が魅力

録音では魅力が伝わりにくいクラシックギターですが、
一度弾いていただければその魅力は充分に伝わります。

また、入門としてであれば楽器も非常に安価であるため、
手軽に始めることが出来ます。

裏を返すと、楽器に触れたことがあれば「プレイヤー」は増えていきますが、
「リスナー」は増えにくいということです。

わざわざクラシックギターのコンサートに行く人は
ほとんど「プレイヤー」になってしまう理由がこの点にあると思います。

結論として、最大の課題は

音の魅力をどうやってつたえるか

クラシックギター業界の一番の課題は、
「音の魅力をどうやって伝えるか」です。
(当たり前なんですが)

統計を取ったわけではありませんが、
他の楽器に比べてリスナーに対するプレイヤーの割合が多く、
身内ばかりの狭い世界になってしまいます。

クラシックギターのYouTubeチャンネルにおいて、
「弾き方」に関する情報が多いのも、
「リスナー」でなく「プレイヤー」を顧客として認識している証拠です。
(このブログも完全にそうなのですが、私は趣味なので)

演歌の伴奏でクラシックギターが使われていた時代ならまだしも、
時代が進むに連れて「ギターの音を聴こう」という人は
減っていくのでしょう。

マイクを通したり、エレガットを使ったり、どんな手段を使ってもいいので、
ギターの魅力を伝える方法を見つけなければなりません。
ただし、それによって他の楽器の劣化版となっては意味がありません。
もし音量を求めて音が細くなってしまうなら、
そもそもスチール弦のギターを弾けば良いわけです。
ジョン・ウィリアムズ等、多くのギタリストが考えつつけてきたことですが、
音量や音色は今後もギター業界の大きな課題です。
楽器そのものが抱える課題のため、数人のスターが生まれたとしても、
何も状況は変わりません。

プレイヤーがいなくなることはない

様々な入り口でプレイヤーは増えますので、
全くいなくなってしまうことはないと考えます。
その例を考えます。

①他のギターを弾いていたプレイヤーが
クラシックギターを弾く

エレキギターやスチール弦のアコースティックギターを弾いていたプレイヤーが
クラシックギターを手に取るパターンは多いように思います。

クラシックギターには歴史によって成熟した
メソッドやテクニックが積み上がっていますので、
その他のギターを弾いている方からすると魅力的に写るようです。
また、クラシック音楽ですので、アカデミックな教育を受けたという印象があるようです。
歴史を積み重ねることでその他のギターの技術が発達し、
クラシックギターの優位性が薄れるかもしれませんが、
音色の魅力は変わりません。

私はクラシックギターの魅力は
ピアノ程ではないポリフォニーとチェロやヴァイオリン程ではないビブラート
にあると考えています。
音色の幅ももちろん素晴らしいのですが、
クラシックの演奏に使われる楽器はどの楽器も
音色の幅を持っていることを主張していて、
差別化できるような要素とは思っていません。
ストロークやラスゲアード等の弾き方も見栄えは良いのですが、
クラシックギターの独自性とは思えず、
フラメンコギターやスチール弦でやっても良いように感じます。

②早期教育として

親や祖父・祖母がクラシックギターに触れたことがあり、
「子供に習わせたい」と思う方は一定数いると思います。

ピアノやヴァイオリン程は競争が激しくなく、
(ブルーオーシャンです)
なおかつ、時間をかけて取り組む魅力があります。

③大学・高校の部活・サークルで

クラシックギター人口の中でどれくらいの人数がいるのか分かりませんが、
大学や高校の部活やサークルでギターを始める人もいます。
(私もそうです)

学生ギターコンクールはレベルが大変上がっておりますので、
大学や高校からギターを弾き始めた人を対象としたコンクールが
あっても良いかもしれません。
アマコンも「コンクール参加経験無し、音大の学生でない」場合は
学生が参加しても良いのではと思ったりもします。
(誰もギターを弾かなくなったらそもそも意味がない)

④重奏やマンドリンアンサンブルから

学生時代に重奏やマンドリンアンサンブルから
ギターを始める人も多いでしょう。
私は、この状況は永遠に続くとは思いません。

リュートは、独奏楽器としてだけでなく、
ルネサンスやバロック時代にアンサンブルの重要な構成員としての
地位を築いており、これが無くなることはないように思います。

リュートに比べると、ギターは他の楽器との結びつきや特定の時代での地位が弱く、
ギターアンサンブルがずっと続くことを私は過剰には期待できません。

良い文化だと思うのですが、人数の減少によりサークルが無くなってしまえば、
そこで途絶えてしまうように思います。

 

今回の記事は以上となります。

私はギターが好きなので、
自分が死ぬまで楽しめればそれで良い
とは思えません。
リスナーの層を増やし、開かれた業界を作る必要があると考えます。
今後もクラシックギター業界が盛り上がることを祈っております。

最後までご覧いただき、誠に有難うございました。