どうでもよいこと

「自分の頭で考えよう」と言い聞かせています。

曲を練習している中で弾けない箇所があったとして、
次のレッスンのときに先生に何とかしてもらおう
ちょっと前の私は考えていました。

ただ、この思考をしている限りは永遠にアマチュアレベルのままと思います。

正直、私みたいな良い歳したおっさんが、自分で考えずに
「出来ない、分からない」と愚痴を言っているのは大変見苦しいのです。
プロのプレイヤーのような良い演奏に近付くためには自分で答えを見つけて
道を切り開いて行かねばなりません。

自分への戒めとして「自分の頭で考える」ことを
この記事で考えようと思います。

ギターはシンプル?

楽器演奏における問題は大きく分けて以下の2つです。
(その他にも「緊張にどう対処するか」等の問題があります)

  1. 技術的な問題
  2. 音楽的な課題

この2つに関して、私のように10年以上も楽器を弾いてきて、
公開レッスンを見たり受けたりしているのであれば、
既に自分の中に答えがある場合が多いのです。
実践していないだけで、解決策は既に知っているのです。

先生に聞く前に、「そもそも自分で解決しようとしました?」
自問自答します。(自戒)

技術的な問題

「ギターを演奏する」というのは、
「左手で弦を押さえて、右手で弦を弾く」だけのことです。
つまり、技術的な問題があるとしたら、以下の3つくらいしかないのです。

  1. 右手
  2. 左手
  3. その2つの同期(シンクロ)

問題を特定したら、次のステップとして以下のどちらかを選びます。

  1. 問題が発生しない方法を選択する
  2. 問題を解決する方法を探す

レッスンを受けるにしても、自分自身の問題に対して
この段階までは終わらせておきたいところです。

技術的な問題解決の例

例として、下記の技術的問題の場合を考えます。
(実際に見た例ですが、この方の批判をしている訳ではないです)

問題「下降のスケールを弾く際にグリッサンドの音が鳴ってしまう」

原因「左手を浮かせてポジション移動をしていない」

別の方法「開放弦やカンパネラ等の弦を押さえない方法でスケールを弾く」
原因の解決「ポジション移動のときに左手を浮かせるように意識する」

このようにギターの演奏の原理自体は非常にシンプルなので、
問題に対処する方法をある程度まで自分で考えることは可能と思います。
問題から解決策を考えるステップへ移行出来ない場合は、
問題をより細かく分析した方が良いです。

音楽的な問題

音楽的な問題は、技術的な問題ほどは単純ではありません。
技術的な問題は「音にならない」「弾きにくい」等のフィードバックを
自分で認識しやすいのですが、
音楽的な問題は
「演奏が良くない気はするけれど、自分ではどこを直すか分からない」
ということが多いと思います。

先日の益田正洋先生の公開レッスンでも説明があったことですが、
下記の内容をひとつずつ検証してみましょう。

  1. テンポ(理想に対して速いか、遅いか)
  2. 拍子(弾き方が曲の表情に合っているか)
  3. 調性(暗い、明るい、前後の変化を表現出来ているか)
  4. メロディ(曲本来の要素を引き出して良く歌ってor語っているか)
  5. 和声(和音の持つ表情や力関係を表現しているか)

演奏していて「つまらない」と感じたときは、
どれかが欠けていることが多いです。
この5つを使えば、概ね自分でチェック出来ます。

情報社会の現代、答えがありふれている

「経験が浅ければ、先生に聞くのも致し方ない」と書いたのですが、
情報社会の現代において、調べれば答えはいくらでも出てきます。

例えば、技術的な問題に関しては、youtubeの現代ギターのチャンネルに投稿された
「テクニックレシピ」は内容の濃さがとんでもないです。
現在の誌面連動型の記事ではないので、youtubeだけで理解出来るようになっており、
いつか消されてしまうのではと怯えています。

無料でこういったものが見られるのはとても有り難いです。
仮にこれらが消されてしまったとしても、
時代の流れとして演奏技術の解説動画が投稿されるのは当然で、
それにより低い水準の講師やレッスンが淘汰され、より良いものが残ると思っています。

自分の感覚は自分にしか分からない

自分が出した音は、自分にも先生にも概ね同じように観測することが出来ます。

しかし、「弾きにくい」「痛い」「力んでいる」「ぎこちない」といった感覚は
自分にしか感じることが出来ません。
それに対して、先生は外見上の情報(フォームが悪い、力んでいる)を
指導の判断材料にしています。

技術面の上達においては、視覚情報よりも肉体の感覚が大切なのです。

つまり、技術面での改善・修正を行うにおいては、
情報の面で先生は生徒より不利なのです。
(もちろん、知識は先生の方が多いでしょうが)

原因、結果、全て自分が責任を負う

問題が起きている原因も、問題による結果も
全て自分の行動によるものでこの先も自分が向き合っていくものです。

世間で先生と呼ばれる人達(指導者、医師等)は、生徒が抱えている問題に対して
責任を取ってくれる訳ではないのです。

お医者さんに病気の治療を受け、治らなかったことに対して
慰謝料を受け取ったとしても、その病気は残ったままです。
(そもそも慰謝料は出ないのですが)

例えば、日常のなかで以下のような例があると思います。

  • 弾けない部分がある
    →練習方法が悪い、練習量が少ない。
  • 身体が痛い、病気になった、治療しても治らない
    →自分の生活習慣が悪い。(運動、食事、姿勢)
    良い先生がいる病院を選べなかった。
  • 労働環境が悪い
    →そもそも自分で選んだ仕事である。
    就職にするにおいて、より良い環境に行く努力をしたか。
    自分の価値(能力、学歴、資格等)を高めたか。
  • 周囲の人に恵まれていない、人間関係が辛い
    →自分に人を選ぶ程の資質があるか。
    自分にとってより良い人が多い環境に所属出来るように努力をしたか。
  • 満員電車や通勤が辛い
    →そういった通勤方法の仕事を選んだのは自分である。
    転職、引っ越し等の努力をしたか。

外見や身体、幼少期の環境等は両親により決まってしまうかもしれませんが、
それを嘆いていても自分を不幸にするだけです。
(コンプレックス=複雑な、とはよく言ったものだと思います。
自分で問題をこじらせてしまっているわけです)
また、幼少期であっても、自我を持ち始めた時点で何かしらの選択はスタートしています。

「私は最低限のことはやっているはずなのに、どうして自分に問題が発生するのだろう」と
原因を自分でなく外に求めがちです。
本人が最低限と思っている量では、そもそも行動が足りないということです。
自分で出来るはずの解決策を行わずに、愚痴の段階で留まっていると
とても弱い人間に見えてしまいます。

今回の記事は以上となります。

説教臭い内容になってしまいましたが、
自分のことは自分で何とかして良い結果を得よう
と自分に言い聞かせています。

最後までご覧頂き、誠に有難うございました。